私は元々、名前を「他人の物」と見なしていた。対象物を指し示して特定する、他人の為の道具。さゆぬという語形も、指示対象を特定する性能を高める狙いで作った物だし。
名前を本人の誇りなどの よすがにする、「自分の物」と捉えるというのは「なるほど、そういう使用方法もあるのか」という新発想だった。
今は名前の機能について、・ 何に言及しているか特定する為に他人が使う・ 名付けられた物が誇りを持つ主体である場合、その誇りの一端となり得る…という二つの側面の兼用になっていると理解しています。
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